五山の送り火 大の意味 由来と歴史 始まりはいつから?

毎年、8月16日に行われる京都の伝統行事・
五山の送り火、俗称:大文字焼きとも言われますが、
その意味をご存知でしょうか?

五山の送り火の文字や鳥居形・船形の意味や由来、
歴史や起源などをまとめました。

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五山の送り火で、大(文字)の意味って?

五山の送り火の中で、一番有名なのは「大文字」ですよね!
しかし、なぜ「大」なのか、というと諸説あって、

・この世を構成する四大要素(火・地・風・水)の「大」である

・「大」という文字は北極星(年間通して位置が変わらないので
 神の化身だとみなされている)をかたどっていて、
 地上の不動の山に灯した 

・仏教の悪魔退治の五芒星の意味がある

・弘法大師が護摩壇を組むとき、大の字型にしていたから

・「大」の字は「一」と「人」と書けるところから、
 人間の無病息災を祈る

などがあります。

その他の意味は、

・妙法(松ヶ崎妙法:まつがさきみょうほう)
妙と法は、日蓮宗の題目「妙法蓮華経」から用いられたもので、
涌泉寺が日蓮宗に改宗した時、日蓮の法孫である日像が西山に「妙」を
下鴨大妙寺の日良が東山に「法」を書いたと伝えられています。
(涌泉寺伝)

・舟形(舟形万灯籠:ふながたまんどうろう)
「舟形」の舳先は西方浄土を指しており、精霊を乗せて送る
精霊船の意味もあると伝えらえれています。

・鳥居形(鳥居形松明:とりいがたたいまつ)
鳥居形松明が灯される曼荼羅山(まんだらやま)の麓には
愛宕神社の一の鳥居が立っていて、京都に禍事が入り込むのを
阻止する意味があります。


五山の送り火の由来と歴史 始まりはいつ?

五山の送り火は、いつ、誰が始めたのか・・・
実は、正確な資料がないため、解らないんだそうです^^;

ただ、俗説はいくつかあり、

・平安時代初期に空海が始めた
空海(弘法大師)は真言宗の開祖であり能書家。
嵯峨天皇・橘逸勢と共に当時の三筆のひとり。

・室町時代中期に足利義政が始めた
足利義政は慈照寺(銀閣寺)を建立した室町幕府第8代将軍

・江戸時代初期に近衛信尹が始めた
近衛信尹は能書家で、本阿弥光悦、松花堂昭乗と共に
三筆と言われていた人です。

点火の起源は江戸時代といわれていますが、これも
公式な記録などは無いそうです。

また、五山の送り火は江戸後期では、

「い」(市原野),「一」(鳴滝),「竹の先に鈴」(西山),
「蛇」(北嵯峨),「長刀」(観空寺村)

の5か所でも点火されており、計10か所で行われていたようです。
(現在は五山以外は廃止されています)

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五山送り火の消し炭とは?その他雑学

五山の送り火が終わった後、燃え残りの炭に
ご利益があるのをご存知ですか?

浄化によって焚かれた松明なので、
その炭にも浄化の力があると言われているんです。

この炭のことを”消し炭”または”から消し”といい、持ち帰って
奉書紙や半紙に包み、水引をかけて玄関などに吊るしておくと
魔除け・厄除け・災難除け・無病息災のお守りになります。

また、細かく砕いて服用すると、腹痛が治まり、
虫下しにも良いそうです。

送り火が終わった時点で、まず保存会や関係者の方が
持ち帰られます。

一般の人は翌朝、山に登って消し炭を持ち帰るのが慣習でしたが、
最近では夜中から拾いに行く人もいるようですね。

その他、五山の送り火には、

・水やお酒の入った盃に送り火を映して飲むと、
 無病息災に暮らせる

・茄子に穴をあけて大文字を見ると眼の病気にならない

などの言い伝えもあります。


まとめ

京都五山の送り火は、始まった理由も成立時期も不明という
有名なのに謎だらけの行事なのです。

葵祭や祇園祭・時代祭とともに京都四大行事の一つとも
いわれているのに、なんだか不思議ですよね^^;

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