京都祇園祭の起源と歴史 粽(ちまき)の由来とは?

祇園祭は5月の葵祭・10月の時代祭と並ぶ、
京都三大祭りの一つです。

この由緒あるお祭りはいつから行われるように
なったんでしょうか?

祇園祭に欠かせない粽とともに、
その由来と起源、歴史をまとめました^^

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京都祇園祭の由来 起源と歴史

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京都祇園祭といえば、山鉾巡行や宵山(祭り・露店)
が有名ですが、それだけではありません。

祇園祭は7月1日から1か月にわたって
開催される八坂神社の祭(神事)です。

その歴史は古く、平安時代(869年・貞観(じょうがん)
11年)、疫病封じのために、当時の国の数と同じ
六十六本の矛を立てて諸国の穢れを祓い、

神輿三基を送り牛頭天王(薬師如来の化身)を
祀った神泉苑での御霊会(ごりょうえ)が起源です。

”祇園祭”と呼ばれるようになったのは、牛頭天王が
”祇園神”とも言われていたからです。

それにちなんで牛頭天王を祭る神社を”祇園社”
周りの地名も”祇園”と呼ばれるようになりました。

この祇園社が現在の八坂神社です。

平安中期ごろから規模が大きくなり、室町時代には
様々な特色を持った山鉾が登場します。

以後、祭りの中断や山鉾の焼失など様々な障害が
ありましたが、その都度、町の人たちの努力により
復興し、現在の祇園祭に至っています。
                                                         
祇園祭の行事日程(2015年)は
こちらの記事をご参照ください。
   ↓    ↓
京都 祇園祭 2015 日程と主な行事のスケジュール

祇園祭の行事の詳細については
こちらの記事をご参照ください。
   ↓    ↓
祇園祭の行事について 神事等の順序と詳細説明
                                                         

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祇園祭の粽の由来とは?

祇園祭の粽(ちまき)は食べ物ではなく
疫病・災厄除けのお守りです。


その由来は、昔、牛頭天王(素戔嗚尊:スサノオノミコト)が
巨旦将来(こたんしょうらい)と蘇民将来(そみんしょうらい)
という兄弟に一夜の宿を求めました。

兄の巨旦将来は家庭が裕福であったのに拒絶し、
反対に、弟の蘇民将来は貧乏でしたが快諾し、
とても手厚くもてなしました。

牛頭天王はその真心をとても喜び、翌朝旅立つ前に、
蘇民の子孫を末代まで疫病から護ることを約束しました。

目印に腰に茅の輪をつけ、蘇民将来の子孫と名乗るように、
と言い残して立ち去りました。

後に疫病が流行った際、巨旦将来の子孫は死に絶えましたが
蘇民将来の子孫は疫病を免れ代々繁栄したといいます。

茅の輪は”茅”を束ねて作ったものなので、茅巻きと
呼ばれるようになり、これが現在の笹の葉で巻いた
”粽”の本来の姿です。

そしてその故事にちなみ、祇園祭の粽には
”蘇民将来子孫也”という護符が付いています。
                                                         

まとめ

祇園祭の起源は疫病封じの神事だったんですね^^

これだけの長きにわたり、受け継がれてきた
伝統あるお祭りを、これからも末永く
受け継がれていくといいですね^^

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